2020-08-15

午前中に家を出て、新横浜へ。横浜アリーナで和楽器バンドのライブ。仕事を兼ねているので、リハ前に楽屋入り。カメラマンにグレート・ザ・歌舞伎町。なんと心強い。
コロナ禍以降、この規模の有観客ライブは国内初とのことで、各セクション万全の態勢。当然、席数は絞ってディスタンス。観客はマスク着用で声上げなし(代わりにペンライトと拍手)。終演後は時差退場。そんな状況下でも、やはりオーディエンスと一体化したライブは格別であった。
10月発売のニューアルバム『TOKYO SINGING』の情報解禁もあり。特典でつく百数十ページのブックレットを私が編集することになっている。とても重要なバンドだと思っていただけに、このオファーは嬉しい。

以下はちょうど2年前、「文學界」連載に書いた原稿。読んでくれたのかしら。

若き藝能者たち 第35回
「傾奇者たちの快進撃――和楽器バンド」

子供が小さいと、なかなか夫婦で夜遊びもままならないもの。託児サービスを使う手はあるが、場所や時間帯の制約はあるし、値段も手頃ではない。そんな中、意外にも子育て世代に優しいのが、歌舞伎座である。観劇日は限定されるが、0歳児でも1公演3,000円ポッキリで預かってくれる。運営は「マザーズ」という託児会社で、他のイベントや興行でも同様のサービスを行っているが、なにせ歌舞伎座隣りの松竹関連ビルに本社を置くだけあって、歌舞伎公演については厚くフォローをしているようだ。

というわけで、最近はエンタメの託児環境に敏感な私だが、先だって感心したのが、7月16日に東京国際フォーラムで開催された和楽器バンドのワンマンライブだ。ロビーにはキッズスペースが設けられ、また、それとは別に託児室まで完備ときた。私はこの日、これらのサービスを利用する必要はなかったのだが、客層は老若男女と幅広く、子連れ客も少なくなかった。このバンドを支える人気の裾野を垣間見た思いがする。

私が最初に和楽器バンドを知ったのは、ご多分に漏れず「千本桜」のMVだった。正確にはカバー曲であり、原曲は、黒うさPによるボカロソングである。数年後、第1回超歌舞伎『今昔饗宴千本桜』の主題歌にもなったことからもわかるように、和風テイストで、和楽器バンドと相性がよいのは一目瞭然。詩吟の師範でもあるボーカル、鈴華ゆう子の節調――いわゆるコブシも非常に映える人気曲だ。それにしても、この和楽器バンド版「千本桜」MVのYouTube再生回数は現時点で8,500万回を超えており、もはや「千本桜」といえば和楽器バンド、といっても過言ではない。ちなみに第二回の超歌舞伎『花街詞合鏡』では、和楽器バンドのベーシストにしてボカロPでもある、亜沙が手がけたボカロ曲、「吉原ラメント」が主題歌として使われている。

「千本桜」も、「吉原ラメント」も、〈和〉の世界観を持つ曲ではあるが、和楽器バンドにとってより重要なのは、それらが「ボカロ」という日本発カルチャーに根ざしたポップアンセムである、という点だ。

そもそもロックバンドが編成に和楽器を取り入れたり、ヨナ抜き音階の和風な楽曲をつくるのはそれほど珍しいことではない。だが、和楽器バンドは初期にボカロ曲をレパートリーとすることにより、ブレスを必要としないボカロ前提ゆえに極限まで詰め込まれた歌詞や、過剰な物語性を、毒をもって毒を制すがごとく、和楽器と洋楽器の雑多な引き出しで噛み砕いてみせた。また、本来なら和楽器とは馴染まないコード感や転調についても、奏法などを新たに編み出すという荒業で乗り切り、結果、短期間にサウンドそのものをユニークに進化させた。

セルフプロデュース力が試されるニコニコ動画を活動の原点に持つリーダーの鈴華を筆頭に、ベーシストの亜沙、箏のいぶくろ聖志、尺八の神永大輔、津軽三味線の蜷川べに、和太鼓の黒流、ギターの町屋、ドラムの山葵など、それぞれ師範代であったり、リーダーバンドを持つような腕っこきの自立したミュージシャンの集合体でもある。基本的に和楽器と洋楽器のアンサンブルは、スペースを譲り合う構成とならざるをえない。引き算の編集だ。結果、それぞれ被ることなく見せ場が用意されることで、個性も存分に発揮される。

そこからさらに一歩踏み込み、最新アルバム『オトノエ』では、ジャズや90年代J-POP、アンビエント、クラシックなど、音楽性も広げながら、和楽器バンドの枠を壊さない絶妙なサジ加減に成功している。国際フォーラムでのライブは、このアルバムをひっさげてのツアーの一環だった。

映像をふんだんに使ったオープニングから、エンタメショウとしての志向性を強く感じる。「World domination」のガーリーな振付や「シンクロニシティ」での小編成のフォーメーションなど、試行錯誤もしているようだ。剣詩舞も嗜む鈴華の優雅な立ち居振る舞いはもともとこのバンドの強みであったが、よりスタジアム的な大きさを獲得するような見せ方、ありていにいえばロックバンドとしてのスケール感が目指されている。黒流と山葵による和太鼓とドラムスの打楽器バトルや、ひたすら多幸感の続くボカロメドレーなどは、このバンドにしかなしえない圧倒的な魅力に満ちていた。アンコールのラスト「雪影ぼうし」を終え、メンバーが舞台を去ると、スクリーンに、「来年さいたまスーパーアリーナ公演決定」とのサプライズ発表。

終演後、バックステージには、坂東巳之助と中村隼人の姿もあった。そう、和楽器バンドは巳之助と隼人にとって正念場となる新作歌舞伎『NARUTOナルト-』の主題歌も担当することになっている。受け継がれてきた技術を核に持ちながらも、同時代の観客へ向けたエンタテインメントあらんとする姿勢は、両者に相通じる感覚だろう。

和楽器バンドが中国のイベントでジェイ・チョウ「東風破」を歌った映像の視聴回数は中国の動画ポータルでじつに1億4,000万回を超えている。その途轍もない数字以上に、この動画がKOHHやHigher Brothersらの動画と肩を並べていることに胸が熱くなる。そこにはアジアのポップカルチャーの同時代性が宿っている。

時代の風を背負った和楽器バンドが、動画のインパクトを重要視するのは至極当然のことだ。着崩した着物、背中や顔にペイントされた漢字。アニメから飛び出してきたかのような彼らの快進撃を見るにつけ、現代の「傾奇者」と呼ぶのがふさわしく思えてくる。

初出:『文學界』2018年9月号