2021-04-01

4月だ。コーボーも保育園のクラス名、果物が変わった。もう連絡帳もいらないのだという。
資料読み。本日も70年代にトリップしながら、息抜きの読書は遠野遥『破局』。面白い。小一時間で読んでしまう。

 服を着て家を出た。いつもより時間が遅いのを不思議に思い、膝と電話をしていたからだと気づいた。遅れを取り戻すため、私は普段より早足で歩き、横断歩道の前で小さな子供に会った。子供は黒いスカートを穿き、男と手を繋いでいた。ふたりは親子のように見えたが、本当のところは他人である私にはわからない。男は三十代後半くらいで、体格がよかった。子供の体が小さいので、男はより巨大に感じられた。
 子供は男から遠いほうの手で絵本を開き、泣きながら「本が、本が」と叫んでいた。絵本のページに、くっきりとした折れ目がついていた。貸してごらん、と甘ったるい声で男が言った。男は絵本を閉じ、両手を使って胸の前でプレスした。絵本がなければ、祈っているようにも見えた。余程力を入れているのか、体が笑いをこらえるように震えていた。男は長いことそうしていたが、その間も子供はずっと「本が、本が」と繰り返していた。
 やがて男が、折れていたページを子供の前で開いてみせた。ほら、元通り、と男は言った。絵本と子供の顔が、やけに近かった。絵本のページには、やはり折れ目がついている。子供は泣き止まず、「本が、本が」と叫び続けた。子供はなぜか、最初からずっと私の目を見ていた。信号が変わっていたから、私はそれ以上彼らを見なくてよかった。

遠野遥『破局