2021-09-02

京都で堅いパンをかじったら奥歯がちょい欠けてしまったため、歯医者へ。少年アヤちゃんも著書で激賞する落合の名医(というか妻がアヤちゃんに紹介したらしい)。いつものことながらエクセレントな診察で、安全安心のデンタルヘルス。

終わって東中野まで歩く。目当ては途中のBOOK OFF。なぜだかここのBOOK OFFにくると、そのとき私にとって必要な本が手に入るというケースが多いのだ。今回もボブ・グリーンの文庫がやたら揃ってて何冊か、それと伝統芸能系の資料、お笑いのレアなDVDなど収穫あり。

東中野の駅前である感慨に襲われる。そうか、この街は私にとって、コロナ禍直前の幸福な記憶や風景と結びついている。いまとなってはありふれたマスク姿の人々を見ながら、そんなことを。

 私は彼のことを終始“大統領”と呼んだ。なぜだかは自分でもわからない。会うまではどう呼ぼうかといろいろ考えて、“ミスター・ニクソン”と呼ぶことに決めていた。が、いまはそう呼んでいなかった。といっても、彼が四角ばっていたからではないと思う。もちろん、人を威圧するような雰囲気のせいでもなかった。むしろ、ニクソンがこのうえなく愛着を抱いていることがありありとわかるその称号を簡単に省いてしまったら、きっと彼の感情をとり返しのつかないほど傷つけてしまうにちがいないと直感的に察したからだった。で、“大統領”となったわけだが、どうにもこれは舌になじまなかった。私は思いきってそのことを尋ねてみた。 ホワイト・ハウスにいたころ、少し雰囲気を和らげるために、側近たちには“大統領”以外の呼び方で呼ぶことを許したことがあるかどうか、と。
「一度もなかった。それにだれもそんなことはしなかった」
 個人的にとくに親しい友人だったら、ディックとかリチャードといった呼び方をしたでしょうね、という私の質問にも、ニクソンは首をふり、ベーブ・レボーゾでさえ大統領と呼んでいたときっぱりと言いきった。
「それじゃ、たとえばボートに乗って魚釣りに行き、大統領がくつろごうとしているときでも、レボーゾはビールを手渡すときは、『ビールはいかがですか、大統領』といっていたわけですか」私は尋ねた。
「そうだ」ニクソンは答えた。「そのとおりだ。彼はそう呼んでいた」

ボブ・グリーン『アメリカン・ビート