ひたひたと仕事が渋滞。予定していた映画の試写をキャンセルし、一日資料読み。
さらに注意が必要な問題を扱うことにしよう――つまり、アーティストが関わるコミュニティにおいて、いかに多様な社会的シナリオ(筋書き)を識別し、コミュニティの期待と認識の変化をナビゲートしていくかという問題である。
・第一のシナリオ:一人のアーティスト(彼女をジョアンナとしよう)は、アメリカの小さな町(ロウ・クリークと呼ぼう)のアーツカウンシルに、アート・プロジェクトを実施するために招聘される。ジョアンナは町の住民に力を与えるような、またその地域を可視化するようなSEAプロジェクトを行いたいと考える。そして友人のアーティストたちに頼んで、ある週末、クリークの町の公共空間や商店の店先でサイト・スペシフィックな作品を上演/展示する手配をし、そのイベントを「ロウ・クリーク展」と呼ぶことにする。上演/展示された作品の多くはコンセプトが難解で、クリークの住民よりアートワールドの人たちに向けたもののようだったが、このイベントは主要なマスメディアの展覧会レビューを含め、大きな話題を集めることに成功する。当初は芸術作品に当惑していた住民たちも、メディアから注目を浴びてしだいに興奮していく。翌年、町はもう一度「ロウ・クリーク展」を開催したいと考える。しかしジョアンナはすでに別の活動を始めており、同じようなプロジェクトを繰り返すことには興味がないと町のリーダーたちに伝える。「わかりました」と彼らは答え、「私たちで展覧会を開催します。ただ、今回は地元のアーティストと工芸家たちの作品を展示します」という。さて、ジョアンナは葛藤する。ロウ・クリークに戻って自分自身で今年のイベントを企画しないのであれば、次のどちらかを選ばなければならない。このイベントのオーサーシップを放棄し、原案者としてのクレジットを失うことも承知で、彼女の名前をプロジェクトから消すことを町に依頼するか、もしくは、わずかに関わりつつ、彼女にとっては芸術的な完全性のないものにお墨付きを与えるか。彼女は招待作家を工芸家たちまで広げることに、強く反論することができない。なぜならオリジナルのプロジェクトのコンセプチュアルな側面について、まったく議論してこなかったからだ。どこでどうコミュニケーションを誤ったのか? ジョアンナはプロジェクトの計画段階で、違った進め方をすべきだったのだろうか?
・第二のシナリオ:一人の国際的なキュレーターが、ペルーの孤立した土着コミュニティでアーティスト・イン・レジデンスのプログラムを開始する。彼は町に対して、アーティストたちがそこで多様なプロジェクトを実施でき、彼らが地元の環境に自由に向き合えるよう説得する。普段はアートと縁が薄いか、またはまったく関係のない地元の人々にとって、アーティストはせいぜいクレイジーな観光客か、伝道者にしか見えない。アーティストたちは、しだいに利他的なアプローチを志向するようになり、地元にとって良いことを行い始める。道路を修理したり、社会奉仕のボランティアをしたり……。コミュニティは大いに感謝し、アーティストのプロジェクトは多かれ少なかれ、住民生活の向上を手助けする。しかしながら、キュレーターとアーティストたちは、それが町にとって有益であろうと、このプログラムの暗黙の目標であったはずの、真に興味深い、今日的意味のあるアートワークを生み出せなかったという意識を共有する。アーティストたちは、いつのまにか犠牲になりすぎてしまったのだろうか?
・第三のシナリオ:ニューヨークから来たアーティスト・コレクティブは、新しい革命的芸術運動を扇動しようと、「ロードトリップ・プロジェクト」を開始する。アメリカ各地を車で旅して、行く先々で地元アーティストを招き、考え方を共有し議論する集会を開催していく計画である。各地で、地元アーティストとマニフェストを読み、いかに彼らがコミュニティに変化をもたらすことができるかディスカッションし、叱咤激励していく予定だ。コレクティブはこのプロジェクトに多くの機関のサポートを受け、プレゼンテーションするための場所を保証される。大半の場所では、オーディエンスを見つけるのに何の問題もなく、地元アーティストはイベントに喜んで参加し、ディスカッションに取り組む。しかし、コレクティブがその鼓舞するようなマニフェストを読み始めるや否や、地元のアーティスト・コミュニティは疑いを抱き始める。たとえばオクラホマ州タルサのような街では、ニューヨークという都市は必ずしもポジティブに見られているとは限らないし、地元のアーティストは必ずしもニューヨークのアートワールドが抱く理想を支持する気はなく、何をすべきか教えられることをありがたく思うとは限らない。そして、この反応に、コレクティブはうまく対応できない。 実際、彼らが出会うアーティストの大半は、自分たちのために、自分たちのコミュニティの中で仕事することに完全に満足しているのだ。なぜ革命を起こすのか、誰のために、何の目的で? アーティスト・コレクティブは大いに自問し、今後どのようにプロジェクトを進めていくべきかわからない。
パブロ・エルゲラ『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門』