2019-09-19

押し寄せる編集仕事の間隙をぬって片付けなければならない原稿が山積み。三連休中にPOPEYE、週刊プレイボーイ、文學界、あとなんか細々と……。まずはPOPEYEをやっつけるためのチューニングとして、サム・シェパード『ローリング・サンダー航海日誌――ディランが街にやってきた』と『ロビー・ロバートソン自伝 ザ・バンドの青春』を駅ビルの喫茶店に持ち込み、読みふける。とくに資料というわけでもない。チューニングとは言いようで、ようは仕事にかこつけて本が読みたいだけ。

しかしこの2冊、時期が違うとはいえ、まったく異なるディラン像に笑ってしまう。ザ・バンドというかホークスに優しすぎだろ、ディラン。サム・シェパードの後書き的なエピソードが、チェーホフあたりが書きそうな短編小説風で面白い。自分が戯曲を書いた舞台のゲネプロをなぜかディランが観にきてしまう、という。ガクブルなシェパード。

劇場に着くと、今夜の上演は純粋に報道関係者むけで、大勢の評論家がバーでマーティニをすすっているのがわかる。すごいじゃないか、大勢の評論家とボブ・ディランが観客だ。これ以上わるいものはない。初日の夜には審判の日のような感覚がつきもので、それを避けることはできないが、今夜はいつもより強烈だ。神経が麻痺するかどうかすることを願って、ぼくはたてつづけにブランディーを飲む。六年間会っていなかった女性がなつかしさいっぱいの様子で近づいてくる。手の内はフルハウスだが、相手がフォーエイスを持っているかもしれないときより、わるい状況だ。さらにこれにくわえて、ディランの到着が遅れているため、開幕時間が遅れている。ディランはニューワース、ケンプ、サラ、ゲイリー・シャフナにつきそわれて、酔った姿を現わす。彼らだけで一列がふさがる。
(略)
ぼくは暗闇のなかで身をすくめる。「どうしてこの芝居を見にこなきゃならないんだ? ほかの芝居を見にいけばいいじゃないか? 音楽がはいっているものか何かを。観客が声をあげて笑うようなのを!」逃げだそうと決心しかけたとき、劇を演出したジャック・レヴィがバート・ランカスターばりの笑顔で、熊のようにのっそりとはいってきて、火のついたマリファナを差しだす。「痛みどめだ、サム」ぼくはいきおいよくマリファナをくわえる。ぼくのなかのすべてが、どうしてことばを紙に書きつけたいなどと思ったのか考えている。これがその真実なら、とうしてこんなことをやるのか? 人に足を運ばせ、安くない金を払わせてすわらせ、楽しくもないものをながめさせるような面倒を起こすのか?

このあとの展開がホント最高なんだ。思い出すだけで顔がほころんできてしまう。ロビー・ロバートソン自伝もビートルズやストーンズまで絡んでくるレアなエピソード満載であっという間に読了してしまった。イーディ・セジウィックと寝たことも書き残しておかずにはいられないロビー。しみじみするよねえ。チェルシーホテルの伝説。しかもやっぱ面白いんだ、その書き口も。

 朝が来ると、イーディはもう一度、一緒に医者のところに行こうとぼくを誘った。途中でドラッグストアに立ち寄り、彼女は小切手を現金化して、毎日こうしているのと言った。信託資金だな、とぼくは当たりをつけた。タクシーをつかまえて診療所に向かい、ぼくらがなかに入ろうとしていたとき、そのタイミングで出てきたのがロバート・ケネディだった。遅刻しているので誰にも話しかけられたくないという顔で、まっすぐ前を見つめていた。
 看護婦に名前を呼ばれると、イーディはぼくの手を取り、診察室に引っ張っりこんだ。ややあって医師のマックス・ジェイコブソンがあらわれ、イーディを見ると満面に笑みを浮かべた。「友だちのロビーです」と彼女は言った。
「ずっと働きづめでクタクタになっているので、彼にもヴィタミンをあげてもらえますか? 料金は私が持ちますから」
 一部の界隈で“ドクター・フィールグッド ” と呼ばれていた彼は、イーディにビタミンB12を注射した。その効果はほとんど瞬時にあらわれた。「もう気分がよくなってきたわ」
 次に注射を打たれたぼくは、全身にほてりを感じた。すぐさま世界中を相手にできそうな気がしてきた。診療所を出ながら僕は言った。「B12の注射は初めてだったけど、きみの言った通りだ。すごく気分がよくなったよ」。ぼくはふと、ボビー・ケネディも同じ注射を打ったのだろうかと考えた。
 イーディがぼくにウィンクした。「B12と言ってるけど、ほんとはただのB12じゃないの。それだけはまちがいないわ」

さて、いよいよ原稿にかからねば。