ねえ、見て。コーボーが風呂に頭から潜る。1、2、3……8秒!
「すごいでしょ?」
ちょっと前までは顔をつけるのもいやがっていたのにたいしたものだ。気づけば、足し算引き算をするし、ピアノも両手で弾いている。
タクボーはまだ「あー、うー」しか言わないが、間のよさは定評あり。こっちこっちと呼ぶと、ヨチヨチ歩きで向かってくる……と見せかけて途中で曲がるギャグは天下一品だ。
なんて親バカしているうちに4ヵ月なんてあっという間。前回の日記が去年の10月だってもう。幸い我が家はだれもコロナにもかからずにきたが、幼稚園の学級閉鎖やら待機児童となっているタクボーの保育やらでてんやわんやではある。
昼、ロシアがウクライナ侵攻とのニュース。
ミャンマーのクーデターしかり、コロナ禍に入ってからこっち、ずっと不穏な動きをしていたプーチン(2年前とは別人のようとも言われる)のなりふりかまわぬ一手。専門家も、さらに言えばロシア国内の識者ですら事後の見通しが立たない、つまりはロシアにとっても失うものが大きすぎるがゆえに採られるはずのなかった選択だというのが恐ろしい。なにより子どもが避難しているニュースに胸が痛む。
2000年からロシアの政治を握ってきた戦術家のプーチンは、外交に「グランド・ストラテジー(Grand Strategy)」を駆使してきた。グランド・ストラテジーとは、外交の基本をなす大戦略である。その達成のために、プーチンはその時々の状況に即応してさまざまな「戦術・手段(Tactics・Instruments)」を効果的に組み合わせて用いることに長けてきたと言われる(ただし、戦争を指導する戦略の下位、また、戦闘を指導する戦術の上位に位置する「作戦術〈Operation Art〉」がプーチンには欠けており〈ソ連時代にはあった〉、それが現在のロシア外交に失策がめだつ原因だという見方もできる)。プーチンにとつてのグランド・ストラテジーは、「勢力圏(Sphere of interests)」の維持である。
[略]
グランド・ストラテジーを達成・維持するために、プーチンは以下、8点に集約される戦術・手段を外交において巧みに用いてきた。①外交とビジネス――ソ連時代から関係が深い旧ソ連諸国を、ロシアの勢力圏に維持しておくために有効な手段とされている。ロシアは意に適わない国に対し、査証発給拒否や禁輸措置などを講じることで、相手にダメージを与えることができる。
②情報とプロパガンダ(メディア操作)――2016年の米大統領選挙でも、ロシアはさまざまな情報とプロパガンダを有効に使って干渉したと騒がれたことは記憶に新しいだろう。近年では、インターネットを駆使してフェイクニュースを大量発信するトロール部隊の暗躍や、サイバー攻撃によってウェブサイトの情報を書き換えたりする手法も増えている。ただ、メディアを活用した情報戦術は決して目新しいものではなく、ソ連時代から多用されてきた。
③政治家のすげ替えや教会の利用――反露的思考を持つ指導者・政治家はターデターや情報戦などを利用して失脚させ、親露的な者にすげ替えることもおこなってきた。クーデター支援やさまざまなレベルでの長短期的な政治的干渉などによって達成がめざされる。ロシア正教会を利用することもあり、信仰や人的要素から相手国の内政を揺るがしていく。
④反対勢力・市民社会・過激派の支援――反体制派や不安分子を経済面、技術面で支援し、内政の不安定化を図る。旧ソ連内の分離主義や未承認国家に対する支援など、例は枚挙にいとまがない。
⑤破壊活動・テロリズム――暗殺など不可解な事件の多くにロシアが関与していると考えられている。2018年にはかつてロシアと英国でダブルスパイをおこなっていたセルゲイ・スクリパルとその娘ユリアに対する神経剤「ノビチョク」による暗殺未遂が英国で発生した。それを受け、英国がロシア人外交官を追放し、それに多くの西側諸国が追従し(ロシアも対抗措置を取った)、ロシアの脅威が世界にあらためて認識されることとなった。
⑥経済・エネルギー戦争――①の外交とビジネスとも重複するが、旧ソ連諸国のなかでエネルギー非産出国は、石油・天然ガスの多くをロシアに依存している場合が多い。政治的にロシアに従順でない場合、ロシアはエネルギー価格を釣り上げたり供給を停止したりする。ほかに、相手国の輸出産品に対して禁輸措置を講じて、相手国を追い込むこともある。
⑦凍結された紛争や未承認国家、民族間の緊張の創出や操作――④とも関連するが、ロシアは「凍結された紛争」を意図的に創出し、また解決を阻止してきた。「凍結された紛争(Frozen Conflict)」とは、停戦合意ができていながらも、領土の不法占拠や戦闘や小競り合いの散発が継続し、「真の平和が達成されない状態」を指す。ただし、2008年のロシア・ジョージア戦争やナゴルノ・カラバフをめぐるアゼルバイジャンとアルメニアの16年の4日間戦争および、20年9月末からの紛争再燃(第二次ナゴルノ・カラバフ紛争)などに見られるように、「凍結された」紛争は再燃可能性が高いため、近年では「引き仲ばされた紛争(Prolonged Conflict / Protracted Conflict)」などと呼ばれることが増えた。それらの際に、ロシアは相手国内に存在する分離主義勢力(未承認国家を構成)を支援することで、あえて民族間の緊張を生み出し、情勢を不安定化させた。この戦術は、ジョージア、モルドヴァ、ウクライナなどで特に効果的に用いられた。
⑧正規・非正規の戦争(サイバー攻撃、秘密部隊の利用、プロパガンダ、政治工作)――正規・非正規の戦争を巧みに組み合わせる戦法は「ハイブリッド戦争」に代表されると言える。
このように、ロシアは多様な手段を複雑に絡めながら、勢力圏の維持に腐心してきた。旧ソ連諸国を東ねるだけでも困難であるが、ウクライナ、ジョージア、モルドヴァなどが親欧米路線を取り、EUやNATOへの加盟をめざしてきたことは(ただし、モルドヴァはEU加盟は望むものの、NATO加盟の意思は一貫してもたず、軍事的には中立を維持しようとしてきた)、ロシアの勢力圏構想において大きな障害となってきた。そのため、ロシアはこれら8つの戦術・手段を巧みに用いて、それら諸国を勢力圏内に留めようとしてきた。その結果の顕著な事例が、2008年のロシア・ジョージア戦争や13年末から現在にも続く一連のウクライナ危機などの混乱なのである。
『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』広瀬陽子