2019-07-14

二重生活。何日か前に書いた、消えてしまったハニカムの映画レビューにはロウ・イエ『二重生活』についてのものもあった。それはそれとして、ただいま二重生活中である。実は愛人と隠し子が……なんていう秘め事があるわけでもなく、理由は単純。近く引越しするつもりで住居を押さえてあるにもかかわらず、そこをリフォームするため、待機状態なのだ。そして妻は、本日、壁塗りのワークショップ講座に出かけていった。えっ、リフォームってそこから? しかもその段階? 心のなかで思ったが、この件についてほぼ丸投げにしている以上、それを口にするのは得策でない。笑顔で送り出し、今日も一日、コーボーと遊ぶ。高畑勲と宮崎駿の『パンダコパンダ』、続編『パンダコパンダ 雨ふりサーカス』の躍動感溢れるアニメーションが素晴らしい。のちのジブリ作品の原型がこれでもかと。「なつぞら」ちゃんと見とけばよかったかな。

『二重生活』(2012)

第九の旋律に導かれて、最初のシーン。豪雨のなか疾走する若者たちの車が、一人の女を轢く。空撮ショットに切り替わり、もくもくと煙を吐き出す工場群を抜け、カメラは高級住宅街を捉える。長江をまたぐ橋をゆく一台の高級車。運転するのは『天安門、恋人たち』(2006)でヒロインを演じたハオ・レイだ。あの映画のラストで、青春の残滓を振り切って走り去った車を、あたかもいまは新富裕層となった彼女が運転しているかのような幕開け。この映画の監督が当局によって活動を禁じられていた5年間、かの国に流れた時間を思う。

活動禁止処分の間にも、本国でこそ公開できないものの、『スプリングフィーバー』(2008)、『パリ、ただよう花』(2011)を製作し、国外で評価もされてきたロウ・イエ。現在は処分も解け、本作では検閲を通した“正式”公開を目指したが、やはり暴力描写などをめぐって当局とすったもんだが起きた。結果的にいくつかのシーンをカットすることになったが、ロウ・イエは抗議の意味も込めて、中国内の上映では監督クレジットを外すことを望んだという。こうしたネゴシエーションの複雑さは中国社会の現在を反映しており、そのまま本作のテーマにも通底している。

原題は「浮城謎事」、英題だと「Mystery」。本妻と愛人、それぞれに娘と息子をもうけ、二つの家庭を行き来する男。ソープドラマのような設定だが、こうした「二重生活」は中国ではさほど珍しいことではないそうだ。さらに、男が出会い系サイトでひっかけた女子大生と情事に耽ったことから、いくつかの思惑と不幸な偶然が連鎖し、ある事件が発生する――が、その真相は明らかにされることなく、捜査は打ち切られる。

決定的な出来事はすべて雨のなかで起きる。女も、男も、髪を濡らし、目をしばしばさせながら、取り憑かれたように事をなす。降りそそぐ雨は川となり、ツケの請求は最も弱い階層の人間のもとへと流れ着く。建前と本音、ではない。矛盾がむき出しのまま併置される現実。二重生活。

『パリ、ただよう花』にあったフラヌールな感覚に、俯瞰する視点が加わっている。個人を通した社会への視線がある。ロウ・イエは最近、70年代の日本映画をよく観ているという。経済が国土を変え、人を変える。抱えた葛藤も、ひりつくような苛立ちも、時代の奔流に押し流されていく。個人の愛は、それらを繋ぎ止めることができるだろうか。